社長奥さんコラム

色鳥とりどり

2012.01.10

 「色鳥(いろどり)」は秋の季語ですが、今回は本来の「色色な鳥達」という意味で、こちら奥多摩にて見かけることの出来る、親しい鳥達のお話をしたいと思います。

古来、日本人は鳥について一種、神秘的なものを感じ受けたり、近しく擬人化したりして来ました。

日本武尊の哀歌に加えて、神武東征期の金の鵄(とび)や八咫烏(やたがらす)の説話を始め、「鶴の恩返し」や「舌切雀」など数々の民話が今に語り継がれています。桃太郎の家来には雉(きじ)もいましたね。

鳥の鳴き声を人語に置き替えた「聞き倣(な)し」にも面白いものがあります。たとえば「仏法僧」「東天紅」「てっぺんかけたか」など・・・・・。自然との交流を大切にした日本人の心の現れでしょう。

奥多摩は、山あり、川あり、森林ありのうえ、人里でもあるので、鳥の種類も多く、素知らぬ顔をしながらも人慣れしている感じで、そのしぐさに考えさせられたり、ほほえましく思ったりもしますが、私は特別な愛鳥家でも研究家でもありません。

カメラを向けたり、図鑑を調べたりしない、至っていい加減な、そして気ままな鳥好き人間です。今回のお話は、そんな私の「鳥達との交遊録」と思ってください。

枕草子には、清少納言が、「鳥はあうむ(オウム)、ほととぎす、くいな、しぎ、都鳥」とあげていますが、私にはあまりピンと来ない鳥達です。

むしろ、これらの鳥を選んだ才女の方に興味が湧きます。
彼女自身、噂には聞くけれど見たことのないオウムを一番にあげたり、和歌にしばしば詠じられる鳥の名を書き出したりするところが、とても彼女らしいと私には思われます。才女の衒気がじわりと出ている感じです。

その点では、紫式部の小雀と紫上の語りのほうに私は共感を覚えます。繰り広げられる宮廷の愛憎絵巻の中の、一服の清涼剤ではないでしょうか。昔々の女学生のころ、古典で習ったのもこの部分でした。

こうして鳥に関する一寸した表現でも、書き手の人物像が浮かび上がってしまうのは、なかなかおそろしい事でもあります。

さて、春先、私が最も興味をひかれるのは、せきれいです。
背黒せきれいも黄せきれいも、とてもおしゃれでスマートな小鳥です。羽を拡げた姿も扇のようで、雀や燕とは違います。人の傍にいるのが好きで、また自動車も好きなので駐車場でよく遊んでいます。バックミラーに写して我が姿に見惚れている、と見受けられるような時もあります。

朝、まゝごとやの駐車場の横を通って多摩川の方へ降りて行く時、私の前にヒョコヒョコ出て来て、トトッと下り坂を先導してくれます。

別名「道教え鳥」というのもむべなるかなですが、彼らにはもっと大きな使命があるようで、神話のいざなぎ、いざなみもこの鳥に、まぐわいを教わって私共の祖先が誕生しました。この特技に、或る地方では「嫁ぎ教え鳥」という名前もあるそうです。どうしてこんな事になるのか、尾を絶えずヒコヒコ動かしているから?

そういえば、国道16号線の青梅市街を過ぎた通称三角山付近に、小さな空き地があり、時々釣人の車がとめてあったりしましたが、いつの頃からか、隅っこにトタン張りの掘っ立て小屋が建ち、ADビデオ、○分○円などと目障りな看板が出ていました。

或る日、どこからか苦情が出たのか、突然見慣れた書体の大きな看板が出現。「いいじゃないか、人間だもの 相田みつを」。ウムム、お主やるな。そして某日、その看板の上で、なんと背黒せきれいが、黒服よろしくヒコヒコ。思わず笑ってしまいました。
「せきれい君、そこまでやらなくてもいいんですよ」。

残念ながら今はありません。

春たけなわになると、鳥の声は一段と賑やかですが、朝一番に聞こえるのがキジ鳩。「ポッポー、ゴロッポー」というのんびりした声を聞いていると、まさに春眠、暁を覚えずです。聞き倣(な)しは、「出鉄砲」。烏にやられっ放しの、確かに平和な鳥です。

鴬はまた特別な鳥。春浅く、まだ上手に唄えずに、舌打ちのようにチェッ・チェッ・チェッと鳴く、いわゆる笹鳴きが始まって、やがて、あの美声になります。「ホーホケキョ」。

これが更に、ケキョ・ケキョ・ケキョというふうに、長く、続けざまに唄って谷を飛ぶ「谷渡り」の頃になりますと、それはもう、私には神秘的とさえ思えます。こだまするあの声に感動します。素晴らしい自然との呼び合いとも言えるでしょう。

夏、繁殖のために山の奥へ入って行く季節には「夏うぐいす」とも「老鴬」とも呼ばれますが、その声もまた佳く、春よりも美しい声と讃える人もあります。

「老鴬」と言っても決して年を取った鴬と言う事ではなく、私は「老成した鴬」と解釈しています。その声には、残んの色香が漂うようです。気張らずに唄い、余情ゆたかです。

一般的に鴬は、それぞれ独特の唄声で、テリトリーを宣言しているのだそうですが、我が家のあたり、沢井地区の一族は大変な美声の持ち主で、嬉しい限りです。聞き倣(な)しは「法・法華経」ですね。

都会の若い方達には関心の薄い事かも知れませんが、私は奥多摩へ嫁いで来て初めて、「とらつぐみ(ぬえ)」の声を聞きました。2回です。2回とも真夜中。

「ぬえ」は平安朝時代、あの源三位頼政が、紫宸殿の屋根上で退治したと伝えられる化け物(怪獣)。その声が「とらつぐみ」に似ていたと言われたため、実在の鳥「とらつぐみ」と伝説上の(架空の)怪獣「ぬえ」とが、一体・同一化されました。

「とらつぐみ」が鳴けば、そこにあの恐ろしいお化け怪獣が居るのだ、と、往時の人は思ったのです。

漢字で書けば一字。夜へんに鳥。または空へんに鳥の「ぬえ」。

青梅・沢井の里で深夜、私が聞いたのは空の高みから細く、鋭く、長く「ヒイー」と一声だけ。あとは静寂そのものでした。あの不気味な得体の知れない怖さは、昔の人だったらさぞかし、と思えます。人の世の暗黒が身にしみる鳴き声です。

夏場、御岳山(標高1070メートル)では、郭公の声もよく聞かれます。「カッコー、カッコー」と鳴き交わしています。

幕末、ヨーロッパから「かっこう時計」が渡来した時、日本では郭公は閑古鳥と呼ばれていたので、縁起が悪いと、「鳩時計」になったそうですが、この頃では、鳩時計が閑古と鳴くようになってしまいました。御岳山では、神社があるせいか「ご祈祷鳥」とも呼ばれていたらしく、私は高浜虚子のご子息の中学時代(大正時代)の遠足の作文で知りました。

また川辺では、鳶や白鷺、青鷺の姿もよく見かけます。鳶は悠々と滑空し、鷺類は古画にあるように、じっと沈思黙考の姿で餌を待っています。

しかし、自然に生きる鮎や、山女(やまめ)がダムのせいで育たず、今は養殖されたものが放流されますが、入漁料を支払った釣り人よりも先きに川鵜が、水流に慣れずモタモタと群を作っている魚を食べつくしてしまうかのようです。

そこをカヌーに興じる若者達が、釣り糸を引っかけたりしながらGO!GO!の掛け声と共に下って行きます。

何も彼も、寂しくも哀しい山川になってしまうのではないかと心配です。このところ、鳥達さえ行儀が悪くなったように思うのは私の僻(ひが)目でしょうか?

これからの季節、鳥達は巣づくりも抱卵も了え、小さな鳴き声も聞こえて来ます。みんなそれぞれの短い生を精一杯生きて下さいね。長すぎる生にそろそろ疲れた私も、せきれいに道を教えられながら、もう少し歩いて行くことに致しましょう。 

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